Moriyama House
森山邸は、木造住宅が密集して建つ住宅地にたつ。この地域はもともと水田地帯であったが、戦争の空襲によって焼け出された人々が徐々に住み始め、戦後住宅地になっていったエリアである。お施主さんである森山さんは、この地で生まれ育ち、この土地で酒屋を経営していたが、お店を畳んで新しく自分の住まいと集合住宅を建てることを考えた。同時に、道を隔てた向いに住む親友の家をも同時に建設しようと考えた。つまり森山さんのプログラム上の希望は、自邸と賃貸の集合住宅、親友の家、の3つである。この地域はもともと水田地帯であったことから、町全体が格子状に近い街区パターンとなっており、また、ほぼすべての住宅用土地が長方形である。いわゆる下町的な雰囲気があり、魅力的な路地や舗装されていない庭のような道が今も多く残る。地域共同体もまだまだ健在であり、戦後の雰囲気を今も残す地域である。私がこの地域に来たときにもっとも印象深く感じたことは、かわいらしい大きさの木造住宅群がひしめき合うその風景、また、狭い路地に人々の魅力であった。木造住宅同士は近接して建っており、1メートルくらいしか離れていないものもある。2メートルくらいの路地もある。建物同士の隙間の寸法が変わることで、隙間は路地になったり車道になったり、庭になったりと、雰囲気や機能が多彩に変わる。隙間の大きさや建物との関係に応じて、そこに現れてくる生活感が変わる。建物が隙間を持って並ぶその反復のストラクチャーが、いかに豊かな変化を作り出しているかを感じた。森山さんはいろいろ面白いことをいう方であった。その中で今も覚えているのは、最初は自分の家に住むが、銀行ローンを返済していくに従って、賃貸住戸に住む住人を追い出して行って、自分の家の範囲を広げて行って、最終的には敷地全部を自身の家にしたい、ということであった。当時は森山さんの家と親友の家と賃貸集合住宅の三軒を建てるつもりでいたが、その話を聞いて、このプロジェクトは全体としてひとつの森山邸であるべきなのだ、と悟った。当時考えていた建築の案はいたって標準的なもので、1、2階に賃貸住戸があり、最上階にオーナーである森山さんが住み、離れに親友が住む、という形であった。しかしその案だと、森山さんが自身の家を拡大していく面白さはそれほどないと思った。101号室を手に入れて、次に102号室を手に入れても、どれも同じ部屋だと、拡大する面白さがなく感じられた。そこで考えたのは、森山さんの家、親友の家、賃貸数戸の全部の家が、大きさもあり方も違う、というものであった。道路に面したお店のような家があったり、道路から離れた暗いところに立つ静かな家であったり、地下の家であったり、いろいろあると、森山邸が拡大していくというアイデアにふさわしい建築になるのではないか、と思った。同時に、森山さんの家じしんも分割して、いくつもの家が集まって森山さんの家になっているようにすれば、森山さんの家がたいへん大きく、賃貸住戸がたいへん小さいという、そのサイズ上の著しい差異も、よくわからないものにでき、両者に連続性が生まれるのではないか、と思った。最終的な案は、様々な大きさの小さな家が庭を介して並ぶ、というものだ。この地域が持っている魅力である、家と路地や庭の反復構造をこの建築でもやれるのではないか、と考えた。建物を分散するアイデアが出てきたが、分散の仕方はっ無限にあり、さまざまなスタディをした。途中から、「ぎゅうぎゅう詰め」が面白いと感じるようになった。アジア的といえばいいだろうか、高密度で建物が密集する状態である。この地域は木密地域と呼ばれ、建物がたいへんな密度で立ち並ぶが、それはひとつの魅力と感じられた。新しい住宅地の分譲住宅のように、ゆったりした間隔で建物を建てる余裕がなかったこともあるし、高密度ということが面白く感じられた。もう一つ面白く感じたことは「ばらばら」である。同じ形の住居が並ぶとまるで兵舎のようで気持ち悪く感じた。全部が違う形をしていて、みんなばらばらという状態を目指した、機械的・工業的なものでなく、生命的なものを目指した。立ち並んでいく建築は、家だけでないほうがよいと考えた。家だったり、大きなお風呂だったり、室外機置き場だったり、並ぶ建築の大きさや形だけでなく内容も異なるほうが面白いと考えた。犬小屋も作ったが、森山さんの犬は室内の犬だったため、それは最終的に断念した。スタディ初期は、建物と建物の隙間の役割ははっきりとは決まっていなかった。スタディをするうちに、徐々にそれが路地になったり、庭になったり、と機能が決まって行った。最終的には、どれも庭のような路地のようなものとなった。さまざまなタイプの家があるが。すべてに共通することは、どれも小さいということ、密集しているということ、あと、すべての家が庭を持つ、ということだ。庭と家の関係も、ひとつひとつ違うほうがよいと考えた。庭に囲まれる小さい家だったり、逆に建築に囲まれる庭だったり、面積は最小だが庭は最大というような家、道路を庭のように見立てた家、屋上庭園の家、など。独立してたつ建物群は、共通した全体構造を持たないため、おのおの別々に空間の大きさや形を決めることができる。そのため、三階建の家、半地下の家、天井高が非常に高い家、庭に囲まれて四方が開かれた家など、いろいろな十個タイプがうまれた。それらはひしめき合うように立ち並びながら、その間に庭や路地といった屋外空間をつくりだしている。家と庭は密接につながりあっている。東京のような大都市で、また高密度なエリアで、賃貸集合住宅ですら庭を持てるということは、面白いことに感じられた。森山邸では、すべての家が庭を持つ。室内だけで完結する家でなく、庭とつながる家である。季節の変化や自然の豊かさを感じることができ、隣家やこの界隈の雰囲気も感じる。バーベキューもできる。(西沢立衛)